コラム:イノベーション創発への挑戦

地域の強みで革新「実験」

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2016年1月末、福岡で地方創生の活動を支援しているリ・パブリック共同代表の田村大氏と会話する機会があった。「シリコンバレー型のイノベーションは日本で可能なのか。社会システムが成熟した北欧だからできた高度医療や低炭素社会、電子政府のように、参考になるイノベーションの『型』は他にもあるのではないか」と問いかけると、彼はこう返した。

「イノベーションを生み出すエンジンを構成する3要素は、シリコンバレーでは『人材』『競争』『市場』だ。北欧でのイノベーションのエンジンは『市民』『社会』『実験』だ。高度な福祉国家では、市民が率先して自らの生活を変える実験を行うことで起こせるイノベーションがある。」

シリコンバレーでは、世界中からスーパーな技術者や起業家が集積して激しい競争をし、巨大なグローバル市場に通用する革新的なサービスを生み出している。そのパワーは圧倒的で、この巨大なパワーを利用しようと、多くの企業が協創の足がかりを彼の地に置く。

田村氏のアプローチは北欧のように、行政と市民、企業が一体となって地域の社会問題を解決し、自らの生活の質を高めるというものだ。北欧の医療システムの最適化は半端ではない。病院の待合室で数時間過ごす日本とは大違いだ。「福を北欧に見立てて市民による実験がしたい」との彼の思いが伝わった。

2週間後、「地域」と「実験」というキーワードと共に私はシリコンバレーに飛んだ。

  • シリコンバレーの「地域」としての強み

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    ここ数年で変わった生活スタイルのひとつに、タクシーを利用しなくなったことがある。代わりにウーバーと呼ばれる配車サービスを利用する。

    スマートフォン(スマホ)の専用アプリで乗車位置を指定すると、ほぼ数分でウーバーの契約車両がやってくる。車を降りたら料金は自動的にクレジットカードに課金され領収書は電子メールで送られてくる。

    ウーバーの運転手もスマホアプリで客の乗車位置と降車位置を把握している。空港まで乗せてくれた運転手は「ウーバーのすごさは走行経路や客への配車をデータに基づいて常に最適化しているところだ。運転席のスマホだけで最善の仕事ができる」と言う。

    情報通信技術により配車、走行経路選定、課金、品質管理が最適化されており、都市交通の効率化などの課題の答えになりうる。

    もう一つ例を挙げよう。シリコンバレー駐在の同僚はサンフランシスコ市内に自家用車で出張するとき、駐車場を利用しなくなったという。混雑する繁華街の駐車場を探す代わりに、彼は「ラクス(LUXE)」というサービスを使う。

    ホテルの玄関に車を止めて駐車係のスタッフにキーを預けて車をどこかに駐車してもらうサービス(バレットパーキング)はご存じだろう。ラクスはこれを街中で行う。

    スマホ専用アプリから車を預かってほしいところを地図で指定する。青いジャンパーを羽織った係員が現れるので、彼にキーを渡す。車の返還場所は別途指定する。数社を訪問して最後の訪問を終えた後に近くで自分の車と落ち合う。

    最初は会ったことがない人に車のキーを預けることに不安を感じる。車が返ってこなかったらどうなるのかと心配になる。だが、慣れると便利だ。これは駐車場探しの時間を省いてくれるだけでない。繁華街から郊外の駐車場に車を回送することで社会インフラの有効活用にもなっている。

    これはITオタクの多い車社会という限られた「地域」でなされた「実験」になっているというのが私の理解だ。

    日本の各都市に強みはあるのか。あるのならそれをテコにして社会問題を解決する実験をうまく設定できないか。そこにチャンスはある。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2016年2月25日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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