コラム:イノベーション創発への挑戦

教員もイノベーターに

教員もイノベーターに イメージ

今月上旬に「大学発のイノベーションをどう活性化させるか」というテーマで数人の大学教授と議論する機会があった。

私は「事業に情熱のある大学教授が増えないと論文の本数稼ぎの学生しか育たない。教える側が論文しか追わない状況でイノベーションなんて無理」と発言した。なお大学に興味のない方は「教員」を「技術幹部」に置き換えて読んでほしい。

その場にいた友人のロボット研究者であり、イノベーターでもある大阪大学の石黒浩教授の回答は明快だった。「日本でも大学教員の雇用期間を米国と同じように1年契約ではなく9カ月契約にすればよい。雇用されていない3カ月を利用して自ら起業もできるし、企業のコンサルティングもできる。外部資金獲得にも貪欲となる」

これは大学発のイノベーション強化だけではなく、研究強化にもなるヒントだと感じた。

科学技術論文の序文の書き方には定石がある。情報通信分野に身を置く私が教わったのは次の4項目を書けということだった。

  1. 研究の必要性と意義
  2. 従来のその分野の研究状況
  3. 研究の目的、扱う範囲
  4. オリジナリティーを主張する範囲

この4項目は新規性のある未解決問題の解法に加え、その解法が社会に役に立つ実現シナリオの説明を求めている。

応用研究だけを推奨しているわけではない。基礎研究でも、その成果が他の技術開発の礎となって、将来どう社会に役立っていくかを物語として説明してくれということだ。

社会の役に立たない論文はただの紙切れだ。研究は手段であり、目的は社会貢献である。高齢者介護や過疎化など社会問題の解決という大きな夢でもいいし、自動運転車や介護ロボットのような具体的な夢でもよい。

研究者が持つべき誇りは「なぜその研究をやるのか」ということだ。良い研究をするには、技術だけでなく、社会に対しても深い洞察が必要である。そんなスーパーな研究者は日本には希少だが、世界には教員でもありイノベーターでもある人が多く存在する。

  • 教員がイノベーターをめざすには?

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    起業家が新規事業のアイデアの妥当性を検証するには数々の手法がある。そのひとつにアッシュ・マウリャ氏の著書「ランニング・リーン」に出てくる「リーン・キャンバス」というチェックリストがある。

    対象顧客、解決すべき課題、そのアイデアの提供価値、解決策、収益の流れ、費用構造、経営指標、他社に追従できない優位性。これらを簡潔に一枚の紙(キャンバス)に書いて事業アイデアを見渡すというものだ。

    研究と起業は世の中を変革するアイデアを探索するという意味で根っこは同じだ。このチェックリストと論文序文の構成要件は当然、似ている。

    私の経験では優秀な研究者と起業家の行動様式はほぼ同じだ。両者とも夢を語るのだ。大学における良い研究と技術志向の起業は共通点が多い。

    それでは研究がイノベーションにつながるには何が足りないのか。

    起業には収益と費用構造、経営指標など事業モデルに関する知識と実行力が必要だ。難しいことだが、事業モデル作成機会を研究者がどう体験するかが課題なのである。

    「大学発のイノベーション」を活性化させるには、技術だけでなく社会の洞察の大事さを肌で知る教員が学生を育てることだ。まずは、まともな論文序文を書くように学生を指導する。そのためには教員が自らを変革しなければならない。

    学生にとって教員は社会への窓だ。石黒教授がヒントとして示してくれた「強制的に今の組織から離れて別の組織を見る」という人事手法は日本企業の得意技だ。大学にだってできる。「教員兼イノベーター」ってカッコイイではないか。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2015年9月17日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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