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味覚共有篇
音や映像のように、距離を超えて“味”を共有できる 「味覚共有技術」が社会をより豊かに。
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はるか遠い異国の料理を、自宅で気軽に味わってみたい。そんな願いごとも、先端テクノロジーの力で叶えられる時代が近づいています。

明治大学総合数理学部の宮下芳明教授が研究する「味覚共有技術」は、“味”を記録・再生する新技術。特殊なデバイスを用いることで、白ワインを赤ワインの味に変えることも、甲殻アレルギーの方がカニの味を知ることも、口臭を気にせずニンニクを楽しむことも、すべて可能になってしまうのです。ドコモは味覚共有技術の可能性を拡げるべく、宮下教授と共同研究を推進。味覚や嗅覚を共有できる世界に挑んでいます。

いったいなぜ、味覚を共有できるのか。その先の未来には、どのような生活が待っているのか。宮下教授とドコモの石川博規氏が、人間拡張の可能性を語り合います。

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宮下芳明

明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授

味覚共有技術をはじめ、人間の表現能力をコンピューターで拡張する研究に取組む。
2006年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科博士後期課程修了、博士(知識科学)。2007年度より明治大学理工学部に着任。2013年度より総合数理学部に移籍、現在に至る。
2020年 総務省「異能vation」に採択。第24回文化庁メディア芸術祭で「味覚メディアの夜明け」が審査委員会推薦作品に選出。2023年にイグ・ノーベル賞受賞。

HIRONORI ISHIKAWA

石川博規

NTTドコモ 6Gネットワークイノベーション部

博士(工学)。
6Gに向けた実用化研究を担当し、主に人間拡張プラットフォーム開発に従事。

人間のコミュニケーションを拡張する、味覚・嗅覚の共有技術

――2人の研究内容を教えてください。

宮下:先端メディアサイエンス学科というところで、未来のコンピューターのあるべき姿を研究しています。中心にあるテーマは、人間の表現能力を拡張する技術。味や香りも表現の一つであり、たとえば生成AIと対話して思い通りの味を生み出すにはどうしたらいいかなど、技術開発に取組んできました。

石川:私たちドコモは、6G時代の新たな提供価値の一つとして、「人間拡張」を実現する基盤の開発を進めています。多くの研究者とタッグを組み、感情の伝達や五感の共有など、さまざまなプロジェクトを進めているところです。ドコモのめざす人間拡張とは、知覚や認知能力を拡げるための技術。これによりコミュニケーションをより良くしていくことが、私たちのゴールです。

――どのような経緯で、二人は協業に至ったのでしょうか?

石川:人間拡張を実現していく上で、ドコモは五感を共有する「フィールテック」という技術を開発しています。味覚・嗅覚の領域を調べてみると、権威ある学会の賞を次々と受賞するなど、宮下教授が最前線に立っていたわけです。

宮下:センサーの測定値をベースに自由に味を再現する「TTTV3」など、すでに技術の実装は進めていたのですが、コミュニケーションや多様性という観点から何かできないかと模索していました。そこに声をかけていただいたのが、高度な通信基盤を持つドコモさんです。同じ未来を見据えながら新しい技術を社会実装できると感じました。

――味覚・嗅覚の共有は、私たちの暮らしでどのように活用されるのでしょうか。

宮下:たとえば、レストランに足を運ばなくても、お店の味をダウンロードして自宅で楽しめるようになります。味のコピーアンドペーストが可能になるので、1億円のロマネ・コンティを誰もがどこでも楽しむことができたり、アレルギーを持つ方が食べられないものの味を楽しんだりと、擬似的な食体験も可能です。

石川:eラーニングと組み合わせれば、料理教室などでも活用できそうです。味覚の感じ方を日々分析すれば、体調管理にも役立てられるでしょう。また、たとえば香木など限られた人しか知らない文化財の香りなどを伝えることも、意義のある活用方法だと考えています。

味覚共有技術が実現する、多様で豊かな食体験

――そもそも味覚を伝送する技術は、どのような仕組みによって成り立っているのでしょうか?

宮下:味というのは甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の基本五味や渋みや辛味などから構成されます。これを味センサで測定・データ化し、各味の溶液を調合すれば、食材に頼ることなく味を再現できるわけです。台所では調味家電、食卓では調味食器によって味溶液を調合して加えます。たとえば「ニンニク味」に調合した液体をパスタに加えれば、実物のニンニクを入れることなく味を楽しむことができます。これが味覚の入出力を行う仕組みです。

石川:味をデータ化して伝送すると、離れた場所であっても共有ができたり、家庭の味を記録しておくと、将来子どもが成長したときにその味を伝えることが可能です。今後6Gにより、さらなる高速・大容量、低遅延の通信が実現すれば、メタバース空間や映画、アニメなどのコンテンツの中にしか存在しない味を、体験できるようになるでしょう。作者が思い描いた味覚をユーザーにそのまま伝えられるため、事業者はより魅力的なコンテンツを提供でき、ユーザーはこれまでにない臨場感溢れる体験が可能となります。

宮下:「テレフォン」「テレビジョン」「テレワーク」と、遠隔地にいる誰かに何かを伝える技術は、これまでも歴史の中で発達してきました。やがて「テレテイスト」や「テレイート」がスタンダードになると思っています。物流や移動を伴わずに地球の裏側にある味に出会えることは、人間の体験を拡張させ、コミュニケーションの幅も広がると考えています。

――ドコモとの協創では、どのような形で技術を応用していくのですか?

宮下:個人の感覚を他者と共有する技術に挑戦したいです。そもそも味の捉え方は一人ひとりで異なりますが、その違いを共有できれば、コミュニケーションが促進されるはず。たとえば、グルメ番組で表現される個性的な味について、視聴者にデバイスなどで共有できれば、「なるほど、そういうことか」と理解できるわけです。これは色の見え方が人によって異なるのと同じで、立証が極めて難しいのがハードルですが、ぜひ挑戦したいですね。

石川:ドコモが開発している人間拡張基盤を活用することで、単純な味の伝送だけではなく、「個人の味の感じ方」まで他者へ共有できるようになります。「あの人の味覚」を体験する、といったことまでできるようになるんです。たとえば、料理をつくっている料理人の方の感覚が共有できることで、より価値が伝わるようになるかもしれません。

物質的な限界を突破できれば、コミュニケーションはもっと豊かになる

――将来、人間拡張は、どのように私たちの生活や社会を豊かにするのでしょうか?

宮下:世の中に溢れる争いごとの原因は、コミュニケーションにおける情報量不足だと思っています。相手の文化、話している文脈を理解できないから、勝手な妄想から誤解が生じる。小さな喧嘩から戦争まで、メカニズムは同じかもしれないとすら思います。だから、コミュニケーション技術が発達すれば、争いの種を減らせるかもしれない。情報量を高める一つの手段が、味覚・嗅覚を含む体験の共有です。

石川:歴史を振り返っても、食糧の奪い合いが戦争の根底にあるケースがありますよね。食という一つの分野を解決するだけでも、世界の様相はがらりと変わるはずです。近年のインターネットのコミュニケーションは視覚と聴覚が中心で、うまく情報が共有されない部分が多いために、足の引っ張り合いや誹謗・中傷が生じていると感じます。人間拡張の技術を社会に実装していくことで、人と人とがもっとわかりあえる未来をつくっていきたいです。

――最後に、宮下教授が思い描く未来を教えてください。

宮下:まず前提として、個人の健康、食の持続可能性の保証が必要です。味覚メディアを使えば、減塩食を美味しくしたり、好きなものだけ食べても完全栄養食にできたりします。また、代替肉を肉と同じ味にしたり、絶滅危惧の食材を複製したり、賞味期限に達しても「味のタイムマシン」で新鮮な味に戻してフードロスを減らしたりと、さまざまな試みを行っています。

そのうえでの最終的なゴールは、“表現の民主化”です。音楽では、シンセサイザーを使うことで、演奏できない楽器や自分以外の声のみならず、未知の音も開拓して多様な表現が生み出されています。料理でも同じように、味覚メディアの力が味の表現を大きく拡張していくでしょう。そして、技術の間口が広がり、誰もがその表現活動に参入していけるようになります。その結果、われわれ人類はこれまでとは比べ物にならないぐらいの豊かな幸せを手に入れられるようになると思います。

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