あなたと記憶の形を変えていく。

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視覚と聴覚が中心的な役割を担っている、インターネット上のコミュニケーション。もしもそこに触覚が加わったら……。
実はそんな未来が、すぐそこに訪れています。

遠くにあるモノをよりリアルに感じることができる “フィールテック™”。「触覚」を記録したり、他者へ共有することができる技術です。ドコモはこの先端領域に挑むべく、研究者たちとの共同開発を推進しています。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の南澤孝太教授とのプロジェクトもその一つ。第一弾として、手のひらに感覚を伝えるデバイスを開発しました。

私たちは触覚を共有することで、どのような体験が可能になるのでしょうか。南澤教授とドコモの石川博規氏が、少し先の未来を語り合います。

KOUTA MINAMIZAWA

南澤孝太

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授

触覚技術を活用し、身体的経験を伝送、拡張、創造する身体性メディアの研究開発を推進。
2010 年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。
メディアデザイン研究科特任助教、特任講師、准教授を経て、2019 年より現職。
科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 目標1 Cybernetic being Projectプロジェクトマネージャー、IEEE Technical Committee on Haptics、Telexistence株式会社技術顧問等を兼務。

HIRONORI ISHIKAWA

石川博規

NTTドコモ 6G-IOWN推進部

博士(工学)。
6Gに向けた実用化研究を担当し、主に人間拡張プラットフォーム開発に従事。

“触り心地”をデジタル化し他者への共有を可能にするフィールテック™という技術

――「フィールテック™(触覚共有技術)」とは、どのような技術なのでしょうか?

南澤:私たちはモノに触れる時、指先や手のひらを通じてさまざまな刺激を受け取ります。押す時に感じる圧力、撫でた時に感じる「ザラザラ」「サラサラ」といった質感(振動)、熱さや冷たさ、痛みなどです。この感知を担うのが触覚の役割。指先にさまざまなセンサーが搭載されているとイメージするとわかりやすいかもしれません。

まず、人間の細胞と神経が担うセンサーと同じ感覚を機械的なセンサーで感知し、デジタルデータに変換します。それをネットワーク上で伝送して、届けた先で再現すれば、離れた場所にいる人に触覚を共有することができる。この一連の技術が「フィールテック™」です。

映像をカメラで撮ってテレビで映す、音声をマイクで録ってスピーカーで流すのと同じ仕組み。フィールテック™は、この流れを触覚で行う技術というわけです。

石川:従来のメディアでは、言葉や映像でしかコミュニケーションができず、視覚と聴覚だけではうまく伝えられない物事がありました。それを補うテクノロジーとして、フィールテック™が今、期待されています。

南澤:触覚を共有する技術そのものは、20年以上前から研究が進められてきました。そして2015年のVR(バーチャル・リアリティ)ブーム以降、「次は触覚だ」という気運が高まり、研究が活発化しています。すでに社会実装できる段階に入っており、専用のデバイスも続々と生まれているところです。

――南澤教授は、なぜ触覚を共有する技術の研究開発をはじめたのでしょうか?

南澤:大学生の頃、人間が時間・空間を超えて活動できるSFのような世界にワクワク感を抱き、バーチャル・リアリティへの関心が芽生えたんです。大学院に進んだ2005年、修士課程から、人間の機能を拡張する触覚技術の研究をはじめました。当時すでに触覚を共有する技術の原形は存在していたものの、機械は大型で、コスト的にも一般の方が利用できるものではありませんでした。「もっとシンプルなデバイスに落とし込まなければ、社会の役に立たない技術として忘れ去られてしまう」という危機感を抱き、さまざまな領域で人々が実際に使える触覚共有技術の研究開発に取組んできました。

そのため日々の研究活動では、常に利用者や社会との繋がりを意識しています。最初に開発した技術の一つが、糸電話のように二つの紙コップをつないで一方から他方に触覚を振動として伝えるものでした。片方の紙コップにビー玉を入れると、もう片方の紙コップにビー玉が入った感覚を感じられます。紙コップのような誰でも簡単に手に入れられるものを使って体験できることで、触覚共有技術が私たちの日常のどういうシーンで使えるか、という想像力を膨らませ、実際に作って試してみることができるようになりました。

――ドコモとの協業に至った経緯を教えてください。

石川:ドコモは2022年、6G時代の新たな提供価値の一つとして、「人間拡張」を実現する基盤の開発を発表しました。感情の伝達や五感の共有など、さまざまなプロジェクトを始動させるなか、特に技術水準が高かった触覚技術に注目し、いろいろな方にお話を聞いたんです。そうすると、どこへ行っても名前が挙がるのが南澤教授だったので、声を掛けさせていただきました。

南澤:私もさまざまなデバイスを開発するなかで、人々にとって身近なモバイルへの技術搭載を模索していたところでした。日々の研究の中で思い描いていた、人々の感覚が空間を超えてつながる世界観と、ドコモさんが発表した人間拡張基盤の世界観とが重なって驚き関心を持っていた最中に、協業のお誘いをいただいた形です。

石川:現在、南澤教授とは、球状で手のひらサイズの触覚共有デバイスを開発しています。具体的な用途を定めているわけではないのですが、まずは世の中に出すことで、多くの人にフィールテック™を体感していただくきっかけを作りたいんです。触覚共有の驚きは、言葉では伝えられない。体験してもらうことがいちばんだと思うので。

南澤:今回の触覚共有デバイスでは、振動を伝えることを可能にしました。たとえば、ふたりの人間がデバイスを握ると、相手の手のひらの質感を感じ取ることができます。温度や圧力を伝えることも技術的には可能なのですが、まずは一番シンプルな形で可能性を感じていただきたいと思い、あえて機能を限定しました。

石川:このデバイスを首にぶら下げて、いつでもどこでも触覚共有する。そんなユースケースを、“ポストスマホ”の一つとして提案していきたいです。

生活も趣味も思い出も、
フィールテック™がアップグレードする

――6Gは、フィールテック™にどのような効果をもたらすのでしょうか?

石川:人間の反応速度を超えた、わずか1ms(1秒の1000分の1)の遅延で通信できるようになり、リアルタイムのコミュニケーションが可能になります。フィールテック™で同じ環境を共有したとしても、動作が遅延してしまうと、大きな違和感が生じてしまうんです。この違和感をゼロに近づけることに、6Gは貢献できると思っています。

そもそもフィールテック™は、5Gでも十分な力を発揮します。なぜならば、触覚をデジタル化さえできれば、データとして蓄積できるからです。データから触覚が共有されるだけでも、役立つケースは多いと思います。

南澤:たとえば、プロのテニス選手がラケットをどう握っているかを共有できれば、技術習得につながります。楽器や工芸、ゲームなども同様で、上手な人の感覚を自分の触覚で感じられれば、言葉にしにくい微妙なニュアンスが伝わるからです。

さらに、データは時間を超えることができます。今回のCMのように、たとえば自分の子どもが産まれた時、はじめて抱いた感覚をデータとして記録しておけば、将来子どもが成長した時、本人にその温もりを伝えることができます。若かりし日のスポーツ体験の記憶を、老後に思い出すこともできるのです。

私たち人間は、身体を使って世界を感じ、他者と触れ合いながら成長します。それぞれのシーンの“感覚”がデータとして記録されていれば、必要に応じて活用することができるでしょう。

かけ離れた場所でも
リアルタイムで相互理解を深められる未来へ

――フィールテック™によって、私たちの生活や社会はどのように変わっていくのでしょうか。

南澤:フィールテック™の用途は無限に広がっています。医療や介護、教育、国際問題まで、さまざまな課題の解決につながるはずです。

たとえば、宇宙ステーションや月、南極といった、通常は行くことができない場所の感覚を、映像・音声とともに届けてもらうことができます。入院などでお孫さんの結婚式に参列できない高齢者の方に、式場の空気感をリアルタイムで共有することもできるでしょう。障がいなど異なる身体性を持つ人や異なる文化を持つ人の感覚を共有すれば、他者への理解を深めることにもつながります。

石川:相手への理解は大きいですね。バックグラウンドの異なる人たちが話し合う時、相手の考えを探り合うような感覚は、誰もが経験しているはずです。そこに少しでも個性の情報が加われば、円滑なコミュニケーションを実現できると思います。

南澤:国や地域によっては、会った途端にハグやキスを行いますが、これも触覚を共有することで、親近感を高めている一例だといえます。「相手はどの程度緊張しているか」「この人は信頼に値するか」「こちらに危害を及ぼさないか」という思考は、人間が備える本能です。それを体温や心拍、汗の量など、皮膚を通じて感じる微細な情報により理解を深めることで、安心感や親密感を得ているのではないでしょうか。

今日、SNSでは分断が問題になっています。これも視覚と聴覚に偏るあまり、触覚を置き去りにしたことが原因なのかもしれません。画像やテキストだけで完結してしまい、凄まじい勢いで拡散されるコミュニケーションは、人間が理解できるスピードを遥かに超えています。触覚は、目の前にいる人や起こっている事象を、身体に落とし込むための仕組みとも言えます。その重要なプロセスをネットワーク上でも実装できれば、人と人との関係性は、より豊かになるはずだと考えています。

  • ※「フィールテック」は株式会社NTTドコモの商標です。
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