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2026年10月

「誰もが活躍できる現場」をめざした点群クラウド基盤技術

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  • #まちづくり
English

眞田 佳市郎(さなだ けいいちろう)
小峰 風太(おみね ふうた)
藤枝 慶弘(ふじえだ よしひろ)†
佐藤 玲央(さとう れお)
クロステック開発部

† 現在,事業開発部

あらまし

建設現場ではLiDARなどで取得する点群データの活用が広がる一方,それら大容量データの扱いと高性能PCへの依存が導入課題となっている.そこで,建設DXの推進と現場での円滑なデータ共有を目的に,G-PCC準拠の高効率可逆圧縮技術とマルチプラットフォーム対応のクラウドレンダリングを備えた点群クラウド基盤を研究・開発した.本基盤の導入により,高価な機材を不要とし汎用デバイスで大容量データを操作・共有することが可能となる.

01. まえがき

建設業界では,深刻な人手不足や就業者の高齢化問題を解決する手段として,LiDAR(Light Detection and Ranging)*1やドローンなどで取得した点群*2データやBIM(Building Information Modeling)*3モデルを活用する建設DX(Digital Transformation)を推進することで,業務効率化を図るニーズが高まっている.しかし,高精細な3D点群データは数GBからTB級に及ぶため,通信回線やインフラの帯域を圧迫し,また既存のワークフローでは取扱いが困難となっている.
さらに,既存の点群ツールにはコストや操作環境に関する課題が存在する.従来のローカル処理型ツールでは,現場に数百万円規模の高価なGPU(Graphics Processing Unit)搭載ワークステーションの設置が必須であり,またデータの共有が難しい.一方,既存のクラウド型サービスは,データ共有は容易なものの,大容量データをそのまま扱うため通信・保管コストが膨大になり,一般的なタブレットやPCで描画処理を行うと動作遅延や停止が発生してしまう.また,3Dデータそのものを端末へ配布する方式は機密データの流出リスクを伴う.
本稿では,データ容量の肥大化と高性能PCへの依存という課題を解決するため,データを極小化する「MPEG(Moving Picture Experts Group)*4 G-PCC(Geometry-based Point Cloud Compression)*5準拠の高効率可逆圧縮技術」と,端末側の描画負荷をオフロードしサーバ側でレンダリングした映像を配信する「マルチプラットフォームクラウドレンダリング*6技術」を統合した「点群活用クラウドプラットフォーム」について解説する(図1).本プラットフォームの適用により,デバイス非依存・低遅延・データセキュリティを両立した3D体験を実現し,建設DXにおける「誰もが活躍できる現場」の実現に貢献する.

  1. LiDAR:レーザー光を用いて対象物までの距離を測定し,3D点群(*2参照)を取得する手法.
  2. 点群:3D空間上に表される点の集合.
  3. BIM:建物の形状や属性情報を3次元モデルとして管理し,設計・維持管理などの各プロセスでそれらのデータを共有・活用する手法.
  4. MPEG:デジタル音声や映像の符号化および伝送方式などの技術標準仕様.国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)の合同専門委員会の作業部会が策定した.MPEG-2では,デジタルテレビ放送やDVDへ適用し,MPEG-4では移動端末などの低ビットレート領域まで適用領域を拡大した.
  5. G-PCC:国際標準規格の1つで,幾何情報ベースの大容量3D点群データ圧縮方式.
  6. クラウドレンダリング:ネットワーク上のサーバで描画(レンダリング)されたCG映像を遠隔地で利用すること.

02. G-PCC準拠による高効率可逆圧縮技術

建設現場における標準的な通信回線の帯域制限下において,億単位の大規模点群データをいかに高速に伝送するかが技術的課題となっていた.本課題を解決するにはデータの高効率な圧縮が不可欠となるが,データを間引く「非可逆圧縮」では精度が劣ってしまう.そのため,インフラ保守や出来形管理*7などミリ単位の高い精度が要求される特定の用途においては,既存の非可逆圧縮は許容されないことが多い.こうした背景から,本プラットフォームでは点群圧縮の国際標準規格であるMPEGのG-PCCと,geoNebula®*8を組み合わせた圧縮処理方式を開発し,データの精度を損なわない可逆圧縮を確立した.
G-PCCでは,空間を階層的に分割しながら,8分木構造*9を用いて点が存在する空間位置を効率的に表現する.本圧縮処理方式の適用により,計測データなどの品質を維持したまま,元データと比較してデータサイズを最大約10分の1にまで圧縮することが可能となった[1].なお,本圧縮効果は点群データの密度や空間分布などの特性によって変動する.この圧縮効果により,5Gなどの通信帯域を効率的に使用し,ストレージコストの増大を防ぎつつ,クラウドへのデータ伝送時間を短縮できる(図2).

  1. 出来形管理:建設工事などにおいて,完成した構造物の寸法などが,設計図書で指定された規格値を満たしているかを確認および管理すること.
  2. geoNebula®:大規模な3D点群データを高速に処理するためのエンジン.
  3. 8分木構造:3次元空間を8つの領域に分割することを繰り返し,3Dデータを効率的に管理するデータ構造.

03. マルチプラットフォームクラウドレンダリング技術

3.1 提案手法の概要と新規性

本プラットフォームの新規性は,単なるクラウドストレージへのデータ共有にとどまらず,前述の高効率可逆圧縮技術とクラウド側でのGPUレンダリング技術を統合した点にあり,これにより既存ツールが抱えていたコストや操作環境に関する課題を解消する.
従来のクラウドレンダリングは,サーバ側で動作する3Dアプリケーション(BIM/IFC(Industry Foundation Classes)*10ビューアなど)自身に映像配信機能を組み込む「アプリ改修型」か,GPU仮想化基盤に依存する方式が中心であり,開発コストや専用基盤のライセンス制約が障壁となっていた.
本研究の着想は,アプリケーションのソースコードや実行ファイルに手を加えることなく,動作中のアプリケーションがGPUへ発行する描画命令(グラフィックスAPI(Application Programming Interface)*11)にフック*12し,レンダリング結果のイメージをアプリケーション外部へフォワーディング(転送)して遠隔伝送する点にある.すなわち,「何をレンダリングするか」は既存アプリに任せ,「レンダリング結果をどこへ届けるか」だけを外部に差し替える.本仕組みにより,描画にかかる高負荷なGPU処理を,クラウドを用いて分散実行し,端末には処理結果のみをストリーミングして共有する方式を実現した(図3).
本技術は,描画命令にフックしてフォワーディングする手法により,以下の性質を同時に満たすことが特長である.
(1)アプリケーション改修不要:API境界で捕捉するためソース改修を要しない.
(2)描画エンジン・コンテンツ非依存:任意のアプリケーション(BIM/IFCビューアなど)に適用可能.
(3)GPU仮想化基盤非依存:標準的なGPUと関連ソフトウェアのみで動作する.
これらの特長により,本技術は特定のアプリケーションや用途に限定されず,幅広い分野への活用が期待される.
なお,現在の実装は,ハードウェアアクセラレーションをサポートする一般的なデスクトップOSおよび標準的なグラフィックスAPI環境を前提として動作検証を行っている.今後の商品化に向けて,適用対象を順次拡大していく予定である.

3.2 システム構成

本システムは,担う機能に応じて「描画捕捉層」「伝送層」「表示層」の3層で構成される.各層の役割を以下に示す.
(1)描画捕捉層(クラウド側):動作中のアプリケーションがグラフィックスAPIを通じてGPUへ発行する描画命令に,レイヤ機構*13を通じて介入する層である.アプリがスワップチェイン*14へ提示するレンダリング結果イメージを,ソースコードを改修することなく捕捉・符号化する.レンダリング自体はアプリケーションとGPUが担い,本層は描画命令を中継しつつ結果イメージを取得するのみで,描画処理の内容そのものは変更しない.この描画フックによる捕捉とハードウェア符号化が本技術の中核である.
(2)伝送層(クラウド側~クライアント側):捕捉・符号化した映像ストリームを,低遅延な双方向通信により端末へ配信する層である.シグナリングサーバがサーバ側とクライアント側のピア*15を対応付けて接続を確立し,映像の送出と,端末からの入力イベント(キーボード,マウスなど)の還流を担う.ネットワーク品質の低下を検知した際は,輻輳*16制御により送信フレームレートを自動調整する.
(3)表示層(クライアント側):一般的なWebブラウザ上で動作し,受信した映像を表示するとともに,ユーザの入力操作を伝送層へ送出する層である.専用アプリのインストールを要しない.

3.3 映像符号化と運用形態

リアルタイム伝送の品質と帯域効率を両立するため,H.264*17/H.265*18などの高効率な映像符号化方式*19に加え,より高い圧縮効率を狙う次世代コーデック*20AV1(AOMedia Video 1)*21のハードウェアエンコーダ*22を用いた配信に対応している.
また,運用性向上のためレンダリング機能をコンテナ*23化し,仮想ディスプレイ*24を用いたヘッドレス*25動作により,ホスト側にデスクトップ環境を必要としないCUI(Character User Interface)*26サーバ上での動作を実現している.

  1. IFC:異なるBIMソフトウェア間でデータの相互の共有などを行うための標準フォーマット.
  2. API:OSやミドルウェアなどが提供する機能を,他のアプリケーションソフトウェアが利用するためのインタフェース.
  3. フック:動作中のプログラムに対して,特定の処理を途中で捕捉し,別の処理を割り込ませる仕組み.
  4. レイヤ機構:グラフィックスAPIの呼出しに介入(フック)して機能を追加する仕組み.本方式では描画イメージの取得・符号化に利用する.
  5. スワップチェイン:描画結果を画面表示のために順次提示する画像バッファ群.本方式ではスワップチェインへ提示される結果イメージを捕捉する.
  6. ピア:ネットワーク上で対等な立場で通信を行う端末やプログラム.
  7. 輻輳:通信の要求が短期間に集中してネットワークの処理能力を超え,通信に支障が発生した状態.
  8. H.264:ITUによって勧告された映像データの圧縮符号化方式標準の1つ.放送やインターネット配信などに幅広く用いられている.
  9. H.265:動画データの符号化方式の1つ.H.264の後継規格.
  10. 高効率な映像符号化方式:AV1(*21参照)/H.265などの高い圧縮効率を実現する映像データの圧縮技術.本システムでは超低遅延向けのチューニングを施し伝送に利用している.
  11. コーデック:データの符号化,復号化に関する技術.
  12. AV1:オープンソースで利用できる高圧縮な次世代の動画符号化方式.
  13. ハードウェアエンコーダ:GPUなどに搭載された専用の映像符号化回路.CPUの負荷を抑え高速な処理を実現する.
  14. コンテナ:アプリケーションとその実行環境を1つにまとめ,OS上で独立して稼働させる仮想化技術.
  15. 仮想ディスプレイ:物理的な画面表示装置をもたない環境で描画先を提供する仕組み.サーバ上でのヘッドレス(*25参照)動作に必須となる.
  16. ヘッドレス:ホスト側にデスクトップ環境を必要とせずCUI(*26参照)サーバ上で動作させる運用形態.
  17. CUI:キーボードからの文字入力によって端末を操作し,結果も文字で出力される画面方式.

04. クラウドレンダリング検証結果

4.1 描画フック導入による性能評価

APIフックでレンダリング結果を捕捉する方式が描画パイプライン*27に与える影響(オーバヘッド*28)を評価した.Unity製サンプル*29(工場デモ)を用いた測定(解像度WQHD(Wide Quad High Definition))では,フック非適用時の約450fpsに対し,フック適用時も約420fpsとフレームレートの低下は約7%以内にとどまった(表1).なお,表1に示す「単純なテストアプリ」は,単一の静止ジオメトリを固定シェーダで描画するのみの最小構成アプリケーションであり,描画負荷が極めて軽い対照条件として測定したものである.これにより,フック適用自体によるオーバヘッドがほぼ生じない(フレームレート変化なし)ことを確認している.
本評価は基礎的な描画オーバヘッドの測定を目的としたものだが,このフック処理自体の負荷は描画するコンテンツのデータ量(点群の規模など)に依存しないため,TB級の大規模点群データを取り扱う場合であっても,同様にオーバヘッドは限定的な範囲に収まるものと考えられる.

4.2 docomo MECを用いた共同実証

2024年にNTTコミュニケーションズ(現,NTTドコモビジネス)と共同で「docomo MEC(Multi-access Edge Computing)*30」を用いた実証実験を行った[2].クラウドコンピューティング環境とエッジコンピューティング*31環境(docomo MEC)上でUnity製の工場デモを動作させ,本技術によって生成したレンダリング映像を5Gネットワーク経由でクライアント端末へリアルタイム配信した.その上で,両環境における性能を比較・評価した(表2).
実証の結果,クラウド環境ではクライアントピア(ブラウザ)とサーバピア間におけるネットワーク伝送経路の往復遅延(RTT:Round Trip Time)*32がエッジの倍以上となった.なお,片方向遅延の直接測定にはピア間の時計同期が必要となるため,本検証では時計同期を要しないRTT(伝送経路上のメディアパケットの送受信時刻差から算出)を,両環境の遅延を相対比較する指標として用いている.また本システムのリアルタイム通信モジュールは,RTTの増大やパケットロス*33などのネットワーク品質低下を検知した際に,輻輳制御アルゴリズムによって自動的にエンコーダの送信フレームレートを落とす仕様となっている.
本実証では目標フレームレートを15~60fpsの範囲に設定して検証を行ったが,結果としてクラウド環境では,設定範囲の下限である15fps程度にとどまり,それ以上には向上しなかった.これに対し,遅延の少ないエッジ環境では目標設定範囲内である30fpsまで向上し,さらに目標としていた「操作への応答時間0.1秒未満」および「映像品質が一時的に低下しても1.0秒以内に回復」を達成し,有効性を確認した.

  1. パイプライン:一連の手順に従ってデータや開発されたプログラムを順次処理する仕組みのこと.
  2. オーバヘッド:ある処理に対して目的外に発生する,付加的な処理や負荷.
  3. Unity製サンプル:Unity社が提供するサンプルである工場シーンをビルドしたアプリケーション.
  4. docomo MEC:ドコモが提供する5Gの特長を最大限活用できるMECサービス.
  5. エッジコンピューティング:システムのよりエッジ(末端)にデータ処理や保管の機能を分散配置することで,通信量や遅延,より上位ノードの演算負荷などを抑える手法.
  6. 往復遅延(RTT):データを送信してから応答が返ってくるまでの往復時間.
  7. パケットロス:データの一部またはすべてが届かずに消滅してしまうこと.

05. あとがき

本稿では,高効率可逆圧縮技術とマルチプラットフォームクラウドレンダリングを統合することで,大容量の点群データを扱う建設現場などにおいても高価な端末を不要とし,安全かつ低遅延な3D操作を実現する基盤技術について解説した.本プラットフォーム技術により,既存のアプリケーション資産を活かしたまま,コストや操作環境に関する課題を解消できる.
本プラットフォームは今後の商品化をめざし,現在はさらなるコンテナ運用環境の最適化やマルチテナント化に向けた開発を進めている.また,本基盤技術によって大容量点群データのリアルタイム処理が容易になることで,建設現場での可視化にとどまらず,AIを活用した高精度な物体認識や,デジタルツイン*34環境での高度なシミュレーションなど,次世代のデータ利活用への幅広い波及効果が期待される.

  1. デジタルツイン:現実空間のありとあらゆるものの位置や形状,各種センサ情報などをデジタルの仮想空間にリアルタイムに再現したもの.
  • [1] 島村 潤,安藤 慎吾,谷田 隆一:“リアルとサイバーの交錯空間を支える要素技術,”NTT技術ジャーナル,Oct. 2021.
    https://journal.ntt.co.jp/article/15642別ウインドウが開きます
  • [2] NTTドコモ,NTTコミュニケーションズ:“ドコモが開発した「マルチプラットフォームクラウドレンダリング」の実用化に向けた共同実証実験に成功~専用の環境や高機能端末なしに、スマートフォンで高精細3D映像が利用可能に~,”Jul. 2024.
    https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2024/0725.html別ウインドウが開きます
Vol.34 No.3 表紙に戻る
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