コラム:イノベーション創発への挑戦

高校生に戻れるなら

高校生に戻れるなら

緑が濃くなった2022年5月、出身高校の創立125周年を記念して「2030年までやっておくべき3つのこと」と題した講演をした。高校生に何を言うべきかを悩んだ末に、3つのことを習得することが大事と述べた。それは①体系的学問②実践的スキル(英語など)③社会との接し方だ。私が高校生の頃に気づかなかった3点だ。

体系的学問とは近代から教養として大事とされている数学、歴史、哲学、文学、芸術だと広く定義しておく。その頃の私は、授業は有名大学に入る受験勉強と捉えていた。なんと小さなことか。三角関数や微積分の数学、古文・漢文、音楽など、これから生きていくためにこれらの科目は必要なのか、と疑問に思っていた。しかし、今となっては、それらの点がつながって教養となっている。

21世紀は第4次産業革命と言われる多くの機械がインターネットでつながりAI(人工知能)で人々の生活にさまざまな自動化をもたらす自動化の時代として始まった。そのAIの基本は入力信号と出力信号の関係を近似する関数を求めることであると理解できるのは嫌々やっていた授業の結果だ。

また「経営とは十分な情報、十分な評価関数、十分な時間がない中でする意思決定である」と知るのは企業人になって20年たってからだ。いくら調べても、調べ続けても、失敗するリスクは存在する。

結局大人になって知るのは、重要な意思決定をする時によりどころとなるのが「その決定が自分の生き方に合うかどうか」という感覚だった。その感覚を育むのは芸術を含む教養だと思う。最後まで右か左かと迷うとき、どちらかを選ぶのは、その人が美しいと感じる方向感覚だ。

体系化された学問とは違い、必要とされる実践的スキルは世の移ろいとともに変わっていく。今必要とされるスキルの多くが20年後も役立つとはかぎらない。AIの時代になっても当面、英語は重要なスキルとなるだろう。日本語と英語では思考方法が違う。日本語の会議は「諸般の事情を鑑みて合意できる答えを探す」、英語では「自分が幸せになることに責任をもって目標を決定し実現する」だ。話す言葉が違うと、見える世界が違う。実学には実経験で動機を語りたい。

最後に述べたのが、社会との接し方だ。友達は財産。今のうちに作れ。情報社会はプロパガンダに溢れている。周囲の判断に流されず、事象を客観的に判断する。「それは本当に正しいのか」と疑問を持ち、検証した上で結論を出す。批判的な問いを続け、表層ではなく本質を理解する。自分にとって善いこととは何かを見極めるための考え方が重要になっている。それを一緒に考えてくれる友人は多いほどよい。

もし高校生からやり直せるなら、3つのことに早く気づきたかったという、自分の夢想を語った。一方で、若い頃は単純に好きなことに熱中すればよいという意見にも賛成だ。ただ、社会との接点を増やせば社会貢献への情熱が生まれる。無駄と思っていたことがつながって人生を数倍に豊かにする。それを語るのは大人の責任だろう。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年7月11日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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