コラム:イノベーション創発への挑戦

異なる作業用式との共存

異なる作業用式との共存

仕事を進めていく上で、2つのモード(作業用式)を統合することが大事であると痛感したことがあった。米国の情報技術(IT)コンサルタントであるガートナーは2014年にバイモーダルITという言葉を定義し、2つのモードの一貫した使い分けが大事だと言っている。

モード1とは、安定した環境のなかで事前に決められた仕様書にしたがって着実に効率よく開発していく作業様式だ。モード2とは、不確実な環境の中で、売れるものはなにか、顧客が満足する仕様はどうあるべきかを探索しながら開発を進めていく作業様式だ。本来はIT開発で定義された2つのモードだが、事業全般の進め方にも適用できる。

与えられた仕事に対して、納期と開発コストを計算し準備を進めるのがモード1のプロジェクトマネジャー、新規事業を任されて、どのような製品を作って、顧客はなぜそれに満足するかを考えつづけるのがモード2のプロダクトマネジャーだ。

モード1と2のどちらかがよいということはない。巨大な携帯電話網や鉄道システムの基幹事業開発は緻密なモード1でしか作れない。一方で、顧客が明確ではない新規のネットサービスはモード2で進めるしかない。

後者の例として、架空のプロダクト・ワインを仮想空間で一緒に飲めるサービス「メタバースでワイン」を考えてみよう。

メタバースとは、人々が仮想的に出会い、交流することができる3次元のオンライン世界のことだ。「メタバースでワイン」では参加者がそれぞれ同じワインをネット通販で購入する。その際、通販業者からワインの購入証明を発行してもらい、同じ物理ワインを購入した参加者だけが仮想空間の同じテーブルに集まり試飲会をするというサービスだ。ワインは現実だが、飲める部屋は仮想世界だ。ソムリエとも会話を楽しむことができる。

新規事業なので全体総括Aがモード2で担当する。仮想空間の仕様や価格が決まっていない中でシステム開発と顧客開拓を進めていかなければならない。ここで顧客開拓担当Bの思考が生粋のモード1だったとしよう。

Bは売るべき製品仕様が未定であることに不満をもちながら、事前に綿密な宣伝戦略を立てる。Aは予算確保だけでよいと思っている。Bとの意見相違が続く中、Aとシステム開発担当者Cとの間もしっくりこない。Cは指示された開発には、習慣的にモード1で考える癖がついている。AはCに、「米国ソーシャルメディア企業と組んで仮想空間を開発する」と指示する。ところが、Aから出される指示はCにとっては納期、仕様、予算が不明確で、進めようがない。Aは仔細は後で決めれば良い、それよりも早く米国企業と組んで開発を進めてほしいと思っている。

モード1では不確定要素を嫌悪して周到に計画・実行し、規律・効率と説明責任が重要となる。モード2では手続き・形式を排除し、不確定要素を商機として、存在しない顧客に向き合うことが優先される。

多くの新規事業案件で、この折り合いをどうつけるのかが課題になっていると思われる。お互いに異なるモードで考える同僚がいることに寛容になって、それぞれのモードにあった部分業務を切り出して全体として整合させていくしかない。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2022年6月3日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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